« 「入門の」はじめての課長の教科書-酒井穣 | トップページ | 「はじめての課長の教科書」のプレゼント »

2008年2月19日 (火)

「ねたみ」を「憧れ」に、そして「学び」に

最近、こんな話を聞きました。
「講師が自分以外の人と親しげにしていると、自分がないがしろにされた気持ちになり、その講座に出たくなくなる」と。

こんなこと、ありますか?私も以前はあった気がします。

もちろん、講師はこのような気持ちに陥らせないように配慮をすべきと思います。しかしながら、講師も人間。以前の記事にも書いたように、その講演へのモチベーションはその場で起こる感情によって変わります。

ねたみの気持ちを持ってその場をやり過ごしたり講座に出なくなったりしてしまえば、そこでその後の学びの機会は失われてしまいます。ご本人もそのことには気づいていて、「他の人のことは気にしないことですよね」とおっしゃっていました。

そこで、私は似たような場面を思い出しました。

ある小児科医に初めて行った時、娘にはそっけなかったのに、他の子にはとても親しげに話しかけているのを見ました。ああ、うちの子には冷たいなと思ったことをとてもよく覚えています。そしてその次に私は思いました。『ああ、うちの子もこういう風に接してもらわなきゃ』と。

実は、その後頻繁にちょっとした病気でも通い、いまではかかりつけ医といえる関係になりました。その中で先生はとても優しい、いいお医者様なのですが、ちょっとシャイで人見知りのところがあることに気がつきました。誰にも親しく接することができれば一番なのでしょうが、それはとても難しい。あとから振り返ると、ビジネスライクに平等に診察するお医者様よりも、「親しくしている人がいる」ということは「自分も親しくしてもらえる可能性がある」ということだと思いました。

最初の「講師」の話も、もしかしたらもっと親しくなる努力をしたら、もっと学びは深くなったかもしれません。(そこまでの努力に値しない「学び」なら不必要かもしれませんが)

人と人との関係だけではありませんよね。能力だって、他のいろいろなことだって、他の人を見てねたみの気持ちが出たら、それを憧れに変えて、その人にどうしたら近づけるか、何が違うのかを探って自分なりに努力する。それが大事なことだって、改めて気づきました。

「ねたみ」は「憧れ」に、そして「学び」に。-自戒の念を込めて。

|

« 「入門の」はじめての課長の教科書-酒井穣 | トップページ | 「はじめての課長の教科書」のプレゼント »

1. キャリアカウンセラー」カテゴリの記事

5. 勉強になったこと」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/217495/40179391

この記事へのトラックバック一覧です: 「ねたみ」を「憧れ」に、そして「学び」に:

« 「入門の」はじめての課長の教科書-酒井穣 | トップページ | 「はじめての課長の教科書」のプレゼント »