引き続き小飼弾さんの周辺で、失われた10年でダメージを受けた方々に関する話が盛んです。
小市民の敵は、小市民
待ちぼうけがいやなら、待っていてはいけない。「小市民としての幸福を全うできるような」世の中なんて。「マッチョじゃなくてもそこそこ幸せに生きていける社会」なんて。
それはマッチョになってから考えればいい。ウィンプ(wimp; machoの反対)なままで幸せになろうなんて虫がよすぎる。そう言ったのは、マッチョでなくてウィンプたちなのだ。そこそこの幸せのために譲らず、お互いの足を引っ張り合っているのはウィンプたちである以上、そう結論せざるを得ない。
そのとおりだと思います。
ウィンプだと思っている人、すなわち「そんなに強くならなきゃいけないんですか?」という人達には、強くなったほうがいろいろできるよと思いながら支援をしています。なぜなら、いくら格差社会と言っても今は日本という防波堤で私たちは守られていて、もしかしたら近いうちにこの防波堤は決壊してしまうかもしれないから。(ex.移民がないと国がなりたたないときが来る)正しくはもうすでに多少決壊していると思う。(ex.海外への工場の移転による失職)
世界の規模で見れば、もっと貧しく、もっとハングリーで、もっと必死な人たちがいっぱいいるのです。だからこそ、稼ぐこと≒社会のニーズを満たすことを追求して、強くなっていかなければいけません。
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